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戸籍名は田中弘尚。「北 健一」は過激派構成員時代から使う偽名。
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「 北 健一(きたけんいち)34歳
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1981年社学同に結集。以降は埼玉大学で活動。84年、学内で勝共連合原理研との衝突を口実に逮捕される。85年9・29成田用水阻止闘争(辺田大会戦)を闘い被逮捕。92年には戦旗社前での右翼国志会との衝突で逮捕される。 」
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(「ブント」機関紙『SENKI』1999年9月25日号
「ブント30代活動家座談会・参加者経歴」より引用。年齢は当時)
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過激派機関紙上に駄文を書いてテロを煽る。
「佐藤が暴力をふるった」「右翼の襲撃におびえて逃げ出した」などとウソ八百を並べ立てた上で、「佐藤をブン殴ったことなど当ったり前だ」と、組織的かつ計画的な集団テロ 「ロフトプラスワン襲撃事件」の正当化に励んだ。
ちなみに「北健一」はこの文章で、放火ゲリラに加担して逮捕状を出されて2年間も警察から逃げ回ったことや、自らのアルコール依存癖なども開陳している。
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2003年3月、「第13回週刊金曜日ルポルタージュ大賞優秀賞」を受賞。
北朝鮮による拉致テロの隠蔽に励んだ最悪のセカンドレイプ雑誌「週刊金曜日」が、放火ゲリラにまで加担したテロ支援ライターに 「優秀賞」を与える。
「類は友を呼ぶ」とはまさにこのこと。
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2003年12月10日、「出版ネッツ関東寄り合い」で佐藤悟志に糾弾ビラをまかれ、全参加者の前で佐藤に謝罪。
もっともその後「佐藤も悪かった」「前田浩喜は微罪」などというメールを寄越したり、「ロフト事件は酒場のケンカ」などと悪質なデマを口走るなどして、佐藤に「無反省」「いまだに悪質」と認定される。
ちなみに このイベントの案内に記載された北のプロフィールでは「1965年広島県生まれ。出版社勤務などを経てフリーに。」などと、18年の過激派構成員歴も3度の逮捕歴もひた隠しにされている。
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2003年12月19日、盗聴犯罪を常套手段にしてきた過激派幹部の経歴を持つくせに、なんと武富士の盗聴を批判するデモに 実行委員として登場(上掲写真も)。
「目クソが鼻クソを笑う」とはまさにこのこと。
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